肺高血圧症

通常皆様が言うところの「血圧」とは、左心室から全身に送られる血管の圧力のことであり、収縮期圧130mmHg以下、拡張期圧85mmHg以下が正常とされています。一方、右心室から肺に送られる血管(=肺動脈)の圧はそれよりずっと低く、収縮期で30mmHg、平均で20mmHgを超えないのが正常です。安静時の平均肺動脈圧が25mmHg以上(労作時では30mmHg以上)となったときを肺高血圧と呼びます。

 

慢性血栓塞栓性肺高血圧に対するバルーン肺動脈形成術についてはこちらのページをご覧ください

症状と原因・病態

肺高血圧症を来たすと肺動脈に血液が流れにくくなるため、心拍出量(心臓が1分間に送り出す血液の量)が低下します。血液中には人間が活動をするために必要不可欠な酸素が多く含まれているため、心拍出量の低下は全身の組織への酸素供給の低下を招き、運動時の呼吸困難感、疲れやすい感じ、動悸などの症状を生じます。また、さらに病状が進行すると、硬くなった肺の血管に血液を送り出すだけの力を心臓が出せなくなってしまい、心不全の状態に至ります。この場合の心不全は、主に右心室の働きが失われるという意味で、特に右心不全と呼びます。この状態になると血液の流れが渋滞を起こして体のいろいろなところに水が溜まってしまいます。腹水が溜まればお腹の張る感じが出ますし、足に水が溜まればむくみを生じます。また、重症の肺高血圧症では喀血や失神を来たすこともあります。

肺高血圧症を来たすような病態には以下のようなものがあります。
1.肺動脈性肺高血圧症(PAH)
2.弁膜症などの左心性心疾患に伴う肺高血圧症
3.慢性閉塞性肺疾患などの肺疾患および/または低酸素血症に伴う肺高血圧症
4.慢性血栓性および/または塞栓性疾患における肺高血圧症
5.その他の肺高血圧症

PAH患者の肺動脈肺動脈は内膜、中膜、外膜の3層からなっていますが、このうち右図のように内膜や中膜の増殖により血管内腔が狭くなったことによって生じる肺高血圧症を肺動脈性肺高血圧症(PAH)と総称します。PAHに含まれる病気には、特発性肺動脈性肺高血圧症(IPAH)、遺伝によって生じる家族性肺動脈性肺高血圧症(FPAH)、膠原病による肺高血圧症、心房中隔欠損症などの先天性心疾患に伴う肺高血圧症などがあります。

検査・診断の方法

肺高血圧症を診断するための検査には以下のようなものがあります。

1. 心電図:右室肥大の所見を認めます。
2. 胸部X線:心陰影の拡大、肺動脈本幹部の拡大、末梢肺血管陰影の細小化などを認めます。

3. 心エコー:右心系(右心房、右心室)の拡大や左室中隔の扁平化など、右心系負荷の所見を認めます(下図参照)。また、肺動脈の収縮期圧を推定することができ、非侵襲的検査としては最も有用なものです。弁膜症などの左心性心疾患による肺高血圧症と、その他の肺高血圧症との鑑別にも有用です。

心エコー図

4. 心臓カテーテル検査:肺動脈圧、心拍出量、肺血管抵抗(肺の血管の硬さ)などを直接測定することができます。診断確定には必須の検査です。
その他、肺疾患による肺高血圧症や肺血栓塞栓症による肺高血圧症を鑑別するため、CTや肺血流シンチグラムなどが行われます。

治療

左心性心疾患に伴う肺高血圧症や慢性血栓性疾患における肺高血圧症の治療につきましては、心不全、弁膜症、肺塞栓症などの項目をご参照下さい。また、肺疾患に伴う肺高血圧症の患者様は呼吸器内科の専門医を受診されることをお勧めいたします。ここでは、主にPAHの治療について解説させて頂きます。
PAH、特に特発性肺動脈性肺高血圧症と家族性肺動脈性肺高血圧症を合わせた、以前原発性肺高血圧症と呼ばれた患者様の予後は極めて不良で、20年前までは診断されてから3年の間に約半分の患者様がなくなってしまっておりました。しかし、近年の肺高血圧症治療薬の進歩には目覚しいものがあり、現在では肺高血圧症患者様の3年生存率は80%を超えます。現在保険適応を得ているPAH治療薬には以下のようなものがあります。

1. エポプロステノール(フローランR)
 現在保険適応を得ている薬剤の中では最も効果が確実ですが、24時間持続点滴を必要とする薬剤であり、使用には細心の注意が必要です。本薬剤を使用する場合には、肺高血圧治療に精通した専門施設での治療を受けることをお勧めいたします。当院では十分なエポプロステノールの使用実績を有しています。
 
以下、内服薬としては以下のような薬剤があります。
2. ベラプロスト(ドルナーR、プロサイリンR、ケアロードR、ベラサスR)
3. ボセンタン(トラクリアR)
4. シルデナフィル(レバチオR)

前述の通り、上記の薬剤の登場によりPAH患者様の予後は飛躍的に改善いたしましたが、それでもまだ治療成績は満足できるものではありません。このため、さらなる予後の改善を目指して、現在も種々の薬剤の治験が行われており、当院も積極的に治験に参加しております。治験への参加をご希望される患者様は、肺高血圧外来(毎週木曜日午後、担当波多野)までお問い合わせ下さい。

図の一部については、アステラス製薬の許可を許可を受けた上で、転載しております。

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