成人先天性心疾患の臨床研究

臨床研究について

「日本における成人先天性心疾患者の通院状況に関する調査」を行っております
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「単心室循環症候群の治療管理の質を高めるための研究」を行っております
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「肺動脈性肺高血圧症合併成人先天性シャント性心疾患患者に対する Treat and Repair の治療成績に関する検討」を行っております
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はじめに

日本におけるACHD診療の確立の緊急性に関しては、外来診療の項で記されたとおりである。ACHD診療を専門とできる循環器内科医師の養成が急務であることは間違いない。
東大循環器内科では、具体的プロジェクトを掲げ、現在施行中の研究の状況を含め紹介したい。

具体的プロジェクト

1. 小児循環器内科と併診の可能なACHD専門外来の開設により判明した問題点の考察
2. 病院としてACHD診療に必要な要素の考察と日本における現状の調査
3. 1,2により明らかになった問題点の解決法を提案し、循環器内科医師によるACHD診療の全国的展開を企画(他施設共同によるエビデンス構築へ向けて)

1. 小児循環器内科と併診の可能なACHD専門外来の開設

2008年4月から院内小児循環器医師ならびに小児心臓外科と同一の診療日(木曜日)午前・午後に成人先天性心疾患外来を併設した。
診療体制として、循環器内科医師の判断で併診の必要性のあると判断した患者、小児科医師から併診の申し入れのあった患者、患者の意向として併診を希望する患者に関しては小児循環器医師との併診を行った。
院外からの紹介患者に関しては、場合によっては紹介元と当科との併診による管理も行った。

2.ACHD診療に必要な要素の考察と日本における現状の調査

小児循環器医師協力下では循環器内科医師によるACHD診療は現状でも可能と考えられるが、果たしてどれくらいの施設で循環器内科医師による専門的診療が可能なのか、またACHD総合診療まで行える施設は日本にどれくらい存在するのかに関する現状調査を並行して行った。

この研究結果は、2011年のCirculation Journal誌に公表している(Circ J. 2011;75:2220-2227)
まず、Euro Surveyに使用されたACHD総合診療施設/集約施設に必要とされる条件をもとに、日本における状況を加味してACHD総合診療施設/集約施設としての要件を設定した(表3)。そして、その要件を満たす施設が現状いくつ存在するのか、また、どういった条件が不足しているのかに関するアンケート調査を2009年施行した(表4に調査票を示す)。
主要な大学病院、国立病院、総合病院138施設を対象にアンケートを郵送して行ったところ、109施設(79%)から回答を得るに至った。アンケートの集計結果の概要を表4に示す。

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表4に示されるように、循環器内科的基本的先進医療や診断・治療に必要な機器・設備といった面、そして総合診療上必要な他科の存在という面ではほぼ各施設とも要件を満たしていた。 不十分な面としては、小児心臓外科医師数(41施設38%)と循環器内科医師の診療への積極性(37施設34%)が挙げられ、循環器内科として専門外来設置する意向に関しては10施設(9.2%)と低く、循環器内科医師の意識改革が非常に重要と考えられた。
結局、すべての要件を満たす施設は全国で14施設にとどまった。循環器内科以外の問題点として小児心臓外科医2名以上在籍する施設が41施設であったという事実も挙げられるが、その必要性がACHD総合診療施設/集約施設に限られるという意味では大きな問題点にはならないように思われる。
すなわち、欧州でも米国でもACHD総合診療施設/集約施設は大体人口300-1000万人に1施設であるという状況を加味すれば小児心臓外科医師数はすでに十分数に達しているということである。

一方、ACHD患者を小児科医師から循環器内科医師に移行させるというためには、その患者数が40万人規模であり、虚血性心疾患患者数の半数近くに上ることを考えると、本調査における循環器内科医師のACHD診療に対する意欲の低さは非常に重要な問題点であると考えられる。
以前、落合らにより行われたインタビュー調査において(Congenit Heart Dis. 2011;6:359-365)、ACHD診療は循環器内科を含めたチーム医療で行うべきだとの現場医師の意見が明らかになってはいたが、その一方で循環器内科医師のリクルートは極めて難しいとの意見も出されていた。本研究の調査では、その意見を裏付ける結果になったともとれる。

それでは、どういった問題点ゆえに循環器内科医師がACHD診療に対し積極的になれないのであろうか?表5に循環器内科医師がACHD診療を行う上での障壁を考察した。こういった障害がある中、日々多忙な循環器内科医師がACHD診療に対してどういう意識があるのかに関しての結果を図3に示す。
ACHDという疾患への知識的欲求・学習意欲という意味では、ACHDのレクチャーの要望は70%以上と高く、循環器内科医師自体がこのACHD分野における知識の浅さを自覚し、それを深めたいという意欲があることを示唆すると思われた。
しかしながら、ACHD専門医制度の必要性やACHD分野の循環器専門医獲得のための必須化へ向けての臨床研修の必要性に関しての賛成意見は少なく、循環器内科医師が中心となってACHD診療を行う必要性に対する認識は低いと思われた。この理由の考察として、循環器内科医師もすでに十分忙しいことや全国のACHD患者数なかでも中等症以上の患者数も相当数存在すること(ACHD外来の項参照)に対しての認識及び臨床的危機感が欠如しているためと考えられた。

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本研究結果および考察から、次のステップとして全国循環器内科主要施設に呼びかけを行い、ACHD診療対策委員会-循環器内科ネットワーク-を結成し、ACHD患者を循環器内科医師に移行させるためのプロジェクトを打ち立てた。

3.ACHD診療の全国的展開

循環器内科によるACHD診療開始においては、小児循環器医師との連携を深めることで、具体的には外来併診という形で開始可能であることは前述した。
しかしながら、このようなやり方でACHD診療が可能であることは、全く認識はされてはいない。さらに、小児循環器医師によるACHD診療の危機的状況に関しても、前述したとおり循環器内科医師の中では認識が低いと言わざるを得ない。

そこで、これまでの研究結果を踏まえ今後のACHD診療を展開すべく、主要施設の循環器内科医による成人先天性心疾患対策員会を結成し、全国規模においてこれらの問題の解決にあたることを検討した。
北海道、東北、関東、近畿、中国、九州の主要施設計8施設(6国立大学、1私立大学、1国立病院、図3)の循環器内科科長に対し、ACHD診療の危機的状況の説明文ならびにその打開策としてのACHD診療への取り組みに関する依頼を行うべく、依頼状を作成郵送した。
すべての施設の循環器内科から参加・賛同の意向が伝えられ、第一回成人先天性心疾患対策委員会が東京大学医学部附属病院循環器内科永井良三委員長のもと2011年12月10日に東京大学にて開催するに至った。

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会議内容として、ACHD診療の現状と問題点・危機的状況に関しての説明、厚生労働省科学研究費による班研究「成人に達した先天性心疾患の診療体制の確立に向けた総合的研究」(国立循環器病センター白石公班長)の進着状況の説明に続いて、実際の循環器内科医師によるACHD診療の開始(ACHD専門外来設置)を要請した。
特に、当科での外来手法を具体的異に提示し小児循環器内科医師との連携が強調されたが、方法論としては全施設からの賛同を得るに至った。
また、ACHD分野のエビデンス構築に向けてのデータべース作成案が提示され、意見交換がされるに至り、その作成を進めていくことで合意した。この第一回会議に出席した施設の分布は図4に示される8施設であったが、全国的な展開を考慮するならばさらに多くの主要施設循環器内科の協力が必要と考えられ、2012年6月10日の第二回成人先天性心疾患対策委員会は、22施設の賛同のもと21施設からの参加で開催された。施設の分布は図4に示されたとおりである。

今後、この施設の循環器内科を中心にACHD診療体制ネットワーク形成を作成する方向で本委員会は進む予定であるが、第二回委員会時点で循環器内科専門外来開設施設は当院を含め未だ2大学病院のみであった。

まとめ

欧米では、ACHDは循環器内科や小児科と並ぶ1つの分野として確立されている。その理由として、大きく3つの要素が重要である。
一つ目は、循環器内科医師に馴染みの少ない先天性心疾患という非常に特殊な病態であるがその管理には成人医療に通じていない小児科医師のみでは不十分である点。二つ目は、小児期からの成人への移行すなわちトランジション(transition)にからむ総合的な問題。3つ目が、妊娠出産といった問題が無視できない領域である点である。

このように、ACHDは非常に専門的領域でありながら現在の縦割り医療では管理が難しい総合的医療・ケアが要求される疾患群である。現状の医療体制から可能な限りACHD管理を行っていくのは急務ではあるが、果たしてこの分野の理想的な管理はどうあるべきかに関しては十分な議論が必要であると思われる。我々の臨床研究や試みが、この問題の答えにつながっていくことを期待したい。

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